ふと思い返してみると、今まで彼女と定義するような相手に音楽の趣向やその類についての話題など求めたことがなかったように思う。それは多分ある程度意識してやっていることだったんだと思うけれど。実際の話、彼女が僕の苦手な音楽を好もうが、音楽に興味がないと言われても別に気にすることもなかった。僕の好きな音楽が世間の主流でないことは承知していたし、そんなつまらない話を彼女にすべきじゃないと思っていた。彼女に求めるのは自分を好きだという事実だけだったし、他は特に必要じゃないと感じていた。

知り合いのアイツがアイツの彼女に「自分が好きな音楽をいっぱい聞かせたけど、趣味が合わなくてさダメだったよ」なんて話を聞いたときも、どうでもいいなと思った。もちろん実際は相槌を打ちながら「残念だったね」なんて同調して、そんなこと口に出してないけれど。だってさ、アイツがなんで自分の好きな音楽を彼女に好きになって貰いたかったのかわからなかったから。よくわからなくて、そういうこと考えるのすら無駄だと思ったのは流石に秘密にしておいた方が良いかな。結局、アイツはその彼女と早々に別れてしまったけど。原因は知らない。音楽の趣味の不一致かな。

だから彼女といる時は音楽を聴かないようにしていた。別にそんなこと求められていないと思ったから。そういう話は音楽好きなアイツか、趣味の合う友人とだけ話していた。それはなぜか。僕自身が彼女たちにそんなことを望んでいなかったから、最初からね。ずっと。

「それ、すごく格好良いね」不意に彼女がそんなことを言った。黒縁メガネの親父が闇雲にギターをかき鳴らし、金切り声のように叫ぶそんな音楽を聴いて。僕はとても嬉しくなって饒舌にそのバンドのことを話し始めた。後で考えたらその時の僕は熱が篭り過ぎて、とても鬱陶しかった気がするけど。とりあえずオススメの音楽を次々と引っ張っては話し始めた。彼女はその今まで聴いたこともなかった、そんな類の音楽に興味を持って「あ、これ凄い好み」とか自分からそんな類の曲を持って来てくれるようになった。その曲は僕も知らなかったけれどとても格好良くて、なにより同じもので感動できる喜びを知った。今まで知らなかった幸せの感覚がとても嬉しかったんだ。

──それから、同じ歩幅で歩いて同じ目線で何かを見る。いままで求めてなかったそんなことが一番重要だと思った。それを一緒に楽しめるという事が…かな。今、何してるかわからないあの娘もこの曲を聴いて笑ったりしてるのかなぁ。僕が好きなヒトが、僕と同じものを見て笑ってくれればいいな。僕と同じように笑って過ごせる人だと良いな。相手もそう思ってたら幸せだな。だから今日も鏡の前で、誰も知らない涙の痕を拭いて呟く。よし、それじゃあ頑張ろうって呪文のように繰り返す、毎日。まいにち。

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